福岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)5号 判決 1970年3月19日
原告 菊地正治
被告 福岡国税局長・福岡税務署長
訴訟代理人 日浦人司 外四名
主文
一、原告の本件裁決取消の請求を棄却する。
二、原告の本件再更正及び加算税賦課変更決定処分取消の請求を棄却する。
三、原告の本件更正及び加算税賦課決定処分取消の訴を却下する。
四、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告代理人は、「一、被告福岡税務署長が昭和四二年二月七日原告の昭和四〇年分所得税及び加算税につきなした再更正及び賦課決定処分に対し原告のなした昭和四二年七月四日付審査請求につき、被告福岡国税局長が同年一〇月一七日になした審査請求を却下する旨の裁決を取消す。二、被告福岡税務署長の右再更正及び賦課変更決定処分ならびに被告福岡税務署長が昭和四一年九月二六日原告の昭和四〇年分所得税及び加算税につきなした更正及び賦課決定処分をいずれも取消す。三、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因及び被告等の主張に対する答弁として次のとおり述べた。
一、原告は昭和四〇年分の営業所得金額を金四八万九、九〇四円(これに基く確定納税額は金一万七、四〇〇円)として被告福岡税務署長に所得の申告をした。
これに対し、被告福岡税務署長は昭和四一年九月二六日、営業所得金額を金八九万六、六〇三円(金四〇万六、六九九円増)、その他の事業所得金額を金一〇万六、八〇二円合計所得金額金一〇〇万三、四〇五円(金五一万三、五〇一円増)と算定して課税される所得金額を金七〇万七、九〇〇円と更正し、確定納税額として金一〇万四、〇〇〇円、過少申告加算税額として金四、三〇〇円の賦課決定処分(以下単に本件更正処分という)をなした。
これにより原告は申告に基く確定納税額の外に金八万六、六〇〇円を納付すべきこととされた。
二、原告は本件更正処分に対し、そのうちの営業所得金額を金八九万六、六〇三円と更正したことにつき昭和四一年一〇月二六日被告福岡税務署長に異議の申立をなし、右増額部分金四〇万六、六九九円の取消を求めた。
被告福岡税務署長は右異議申立に対し、昭和四二年一月二五日「原告備付の帳簿には売上の脱漏があり、それを基礎として作成された収支計算書では正確な所得の計算ができず、原告が提示した諸帳簿を検討し所得を算出した結果更正額を下らない。」との理由で異議申立を棄却する旨の決定をなした。
三、その後同年二月七日被告福岡税務署長は、原告の営業所得を金九〇万三、六一七円(金七、〇一四円増)と算定し、新たに二人分の扶養控除額として金一〇万五、〇〇〇円を認めて課税される所得金額を金六〇万九、九〇〇円と再更正し、その結果確定納税額として前記金一〇万四、〇〇〇円を金八万四、二〇〇円に、過少申告加算税として前記金四、三〇〇円を金三、三〇〇円に各減額する賦課決定処分(以下単に本件再更正処分という)をなした。
これにより原告は申告に基く前記確定納税額金一万七、四〇〇円の外に金六万六、八〇〇円を納付すべきこととされた。
四、原告は右再更正処分によつてもなお営業所得額の算定が事実に反し過大で不満であるとして、本件再更正処分に対し、そのうちの営業所得金額を金九〇万三、六一七円と再更正したことにつき、昭和四二年三月三日被告福岡税務署長に異議の申立をなし、右金九〇万三、六一七円のうち金三五万八、八三五円の取消を求めた。
被告福岡税務署長は右異議申立に対し、昭和四二年六月一日原処分(本件再更正処分)が正当であることを理由として異議申立を棄却する旨の決定をなした。
五、そこで原告は昭和四二年七月四日被告福岡国税局長に対し本件再更正処分に対する審査請求をなした。
これに対し、被告福岡国税局長は昭和四二年一〇月一七日「本件再更正処分は、福岡税務署長の昭和四一年九月二六日付本件更正処分により納付すべき税額を減少させる再更正処分であつて、原告の権利利益を侵害するものではなく、従つて本件審査請求は権利保護の要件を欠く不適法なものである。」との理由で右審査請求を却下する旨の裁決をなし、右裁決書の謄本は昭和四二年一〇月三一日原告に送達された。
六、しかしながら、原告が本件更正処分の課税される所得金額に対し異議申立をなして減額を主張していた金額は金四〇万六、六九九円であつて、これに対し本件再更正処分は、課税される所得金額につき営業所得を金七、〇一四円増額算定する一方扶養控除すべき金額として金一〇万五、〇〇〇円を算定して差引き僅か金九万八、〇〇〇円の減額を認めたに過ぎなかつたのであるから、本件再更正処分による右減額によつて原告の権利が主張どおり十分に保護せられたとは言い得ない。
従つて、なんら実体審査を行うことなく前記裁決理由により原告の審査請求を却下した被告福岡国税局長の本件裁決は違法である。
七、被告福岡税務署長が昭和四一年九月二六日なした本件更正処分については、異議申立棄却決定の後、審査請求の手続を経ていないことは認めるが、これについては原告において正当の理由を有するから、行政事件訴訟法八条二項第三号により右更正処分取消を求める本訴は適法である。
(1) 本件更正処分とその税額を減額する本件再更正処分の関係については、国税通則法制定前においては、(イ)別個の処分として併存する、(ロ)再更正処分により更正処分の効力は処分時に遡つてなかつたものとされ、再更正処分の効力はあらためて確定税額の全部について生ずる、との右(イ)(ロ)の両説があり、同法はその両説を折衷した立場をとつているのであり、法律解釈上困難な問題が存する。
(2) 本件更正処分に対する異議申立の棄却決定を受けた原告は、これに不服であつたので審査請求等の法定の手続をつくして争う覚悟だつた。
ところが、右棄却決定の直後である昭和四二年二月七日本件再更正処分がなされ、しかもその通知書には「この通知の内容に不服があるときは、この通知を受けた日の翌日から起算して一月以内に福岡税務署長に対して異議申立をすることができます。」との教示が付されていた。
(3) 原告は本件再更正処分の金額が未だ満足できないものであつたので、右教示に従い本件再更正処分について異議申立をしたのであるが、もし原告が、本件更正処分につきさらに審査請求あるいは訴訟を提起して争わなければ原告の主張が容れられないものであることを知つていれば、当然そのような手続をとつていた筈である。
(4) 被告福岡税務署長は本件再更正処分に対する異議申立に対し、原処分を正当として棄却する旨の決定をしているが、本件再更正処分が税額を減額する限りで意味があるものとすれば行政不服審査法四七条一項により却下すべき場合であり、更正処分と再更正処分との関係は税務署長自身判断を誤るほど解釈困難なものである。
(5) 一般人である原告にとつては、本件再更正処分のなされた時点において、右処分に対し異議申立をするか、本件更正処分について審査請求をするかの判断を誤つたとしても無理はなく、一般人に対し法律関係の適正な解釈を期待することが酷に失する場合であるから、原告において判断を誤り本件更正処分について審査請求を経なかつたことは、行政事件訴訟法八条二項第三号所定の正当な理由ある場合に該るものである。さらに、本件再更正処分通知書の前記教示は、本件のように異議申立の利益のない場合に、異議申立をなすべき教示であるから、無用の混乱を起すものであり、かかる場合には行政不服審査法一八条、一九条の法意よりしても本訴は適法というべきである。
八、本件更正処分及び再更正処分は、いずれも所得税法五六条の解釈適用を誤り、後記のように、原告において特別経費として計上した雇人費二人分計金九九万二、〇〇〇円を認めていない点において違法であるから、取消さるべきである。
九、被告等主張に係る別表記載の審査請求額及び被告等主張額の各金額は、そのうち地代、家賃についての被告等主張額を除き、これを認める。
被告等主張のように、原告が昭和三九年度分までの所得税の申告に当り専従者控除をしていた事実、源泉徴収所得税、市民税の納税などの手続をしていなかつた事実、原告が家屋の一部を住居として使用していたことは認めるが、家屋の賃料の必要経費としての割合は争う。
被告等主張の外交員報酬による事業所得に関する事実は認める。
一〇、(雇人費について)
原告は昭和四〇年当時、長男菊地義隆と次男菊地正義とを従業員として使用していたのであり、しかも原告と右両名とは別居しており、完全な別世帯であつて、生計の費を同一にしていたのではない。それ故、生計を一にする親族とはいえず、必要経費として雇人費を算入すべきである。
(一) 原告は昭和四〇年、原告の長男菊地義隆および次男菊地正義に対し、原告の営む事業に従事したことの対価として左記金員を支払つた。
年月
菊地義隆
菊地正義
備考
四〇・一
円
三五、〇〇〇
円
三二、〇〇〇
二
三五、〇〇〇
三二、〇〇〇
三
三五、〇〇〇
三五、〇〇〇
四
八〇、〇〇〇
八〇、〇〇〇
五
三二、二八〇
三二、二八〇
外に各五、〇〇〇円
六
一五、〇〇〇
一五、〇〇〇
七
三五、〇〇〇
三五、〇〇〇
八
四〇、三八〇
四〇、三八〇
外に各一〇、〇〇〇円
九
二一、七〇〇
二一、七〇〇
一〇
三三、六八〇
三三、六八〇
一一
三一、九〇〇
三一、九〇〇
一二
四二、五一〇
四二、五一〇
外に各二〇、〇〇〇円
従つて原告は昭和四〇年中に、
菊地義隆に対し合計金四七二、四五〇円
菊地正義に対し合計金四六六、四五〇円
を支払つたこととなるのである。これらはいずれも給料として支払われ、その金額は昭和四〇年一月から同年三月までは一定額(義隆は金三五、〇〇〇円、正義は一、二月は金三二、〇〇〇円、三月は金三五、〇〇〇円)を定めて支給し、四月から一二月までは右両名について収入と経費の差額の各三割を支給するものと定められていた。
また支給日は月末とされ、それまでの間右両名が原告より前借りをすることはあつても、常に月末(支給日)に清算されており、原告が右両名にそれ以外に金員を与えた(臨時支給金……ボーナスを除く)ことはなかつた。
(二) 右は雇人費として認めらるべきである。
(1) しかるに被告福岡税務署長は右を雇人費として認めることなく、本件更正処分および再更正処分をなしたのである。しかして被告福岡税務署長がこのような処分をした根拠は、右菊地義隆および正義が原告と生計を一にする親族であるというのである。
(2) 「生計を一にする」の意義を明らかにするために
……基本通達五〇について……
現行所得税法において「生計を一にする」か否かが問題とされるのは、被告福岡税務署長が本件更正および再更正処分の根拠としている同法第五六条の場合だけではない。例えば、同法第二条第三三号および同条第三四号において控除対象配偶者および扶養親族を確定するについても問題とされるのである。すなわち、控除対象配偶者および扶養親族は所得者と「生計を一にする」配偶者または親族であつて、所得額が一定の基準に満たない者をいうこととされているのである。
ところで、右にいう「生計を一にする」の意義を確定するについては、現行法第二条第三三号および同条第三四号と同趣旨の規定をしていた旧法(昭和四〇年四月改正前の所得税法)第八条第一項および第二項についての基本通達五〇を参照する必要がある。
右基本通達は次のように言つている。
「法第八条の『生計を一にする』とは、有無相扶けて日常生活の資を共通にしていることをいうのであるから、次の諸点に留意する。
(1) 公務員、会社員等が勤務の都合上妻子等と別居し、又は就学、療養中の子供と起居を共にしていないような場合においても、常に生活費、学資金又は療養費等を送金して扶養しているときは、生計を一にするものとする。
(2) 同一家屋に起居する親族であつても、互に相独立し、日常生活の資を共通にしていない場合は、生計を一にしないものとする」
すなわちこれを要約すれば、別居していても生活費の仕送りの関係があれば「生計を一にする」ものとなり、同居していても生活費の面での有無相扶け、一方が他方を扶養する関係になければ、「生計を一にする」とはいえないというのである。
ところでこの基本通達は、現行法第五六条にいう「生計を一にする」の意義を確定するについても、その基準たりうるものであることはいうまでもない。けだし現行法第五六条の趣旨は、扶養親族と同一の関係にある者が、事業から対価を受けている場合には、事業からの対価と扶養者に対する生活費の支給とが明確に区別しえない場合が多いであろうことを慮んばかつて、その所得を全て事業者の所得として取扱い、親族に対しては一定の控除を行うこととするにあるからである。
してみると、本件を考えるにあたつても前記基本通達を参照して「生計を一にする」か否かを決定しなければならないことになる。
(3) 原告と菊地義隆および菊地正義の関係
菊地義隆は昭和三六年五月妻道子と婚姻し、同時に実父である原告と別居して、福岡市警固本町四六九イソノアパート三号に居住、その後翌三七年五月長男浩介が誕生し、昭和四〇年当時家族三人で生活していた。
菊地正義は昭和三七年妻英子と婚姻と同時に実父である原告と別居、昭和四〇年当時は妻英子、長女真理(昭和三九年五月出生)と三人で福岡市伊崎裏のアパートに居住していた。
右義隆および正義とその家族との生活は、前記一で述べた右両名が原告の営む事業に従事したことの対価として原告が支払つた金員でまかなわれた。しかして右金員(給料)か一定の支給月に一定の額または一定の基準にもとづいて確定された額だけ支払われ、原告が右両名にそれ以外に何らの金銭の支給をなしていないことは前述のとおりである。
(4) 原告と菊地義隆および正義とは「生計を一にする」ものではない。
そこで本件について「生計を一にする」というべきか否かを考察する。
その際明確にすべきことは所得税法第五六条はその当然の反対解釈として、生計を一にしない親族であれば同条の適用はなく、その給料は雇人費とされ、また親族の収入とされるということである。そうだとすれば本件において、単に右両名が原告の営む事業から得る収入だけで生計を維持していることをもつて、「日常生活の費を共通にする」……「生計を一にする」と解してはならないことは明らかといえる。
けだし給料生活者というものは、特別の資産或はアルバイトがある場合以外は通常その給料のみによつて生計を維持しているものであることは極めて明らかなことであり、もしかく解すれば所得税法第五六条が「生計を一にする」とその適用範囲を限定したことは全く意味をなさなくなるからである。してみると、本件の場合、原告と右両名が「生計を一にする」ものであるか否かは、結局原告が右両名に支払つた金員が給料として支払われたか、それとも生活費として(単に結果的にみて生活費として費消されたというだけで足りないことは前同様同法第五六条の適用されない親族との対比より明らかである)支給されたかによつて決定されるものといわなければならない。
しかし前述したとおり原告は右両名に対し、原告の事業に従事した対価として、毎月一定の日に一定の額または一定の基準にもとづいて算出した金額を支払つていたのである。しかして原告と右両名とは別居し、各自右給料により生活しており、それ以上に生計の資を共通にする事実が存したものではなく且つ有無相扶けていた事実もない。従つて原告と右両名とは、生計の資を共通にしていたものとはいえないのであるから、同法第五六条を適用する余地は全くない。
(三) 本件各処分の違法
従つて前記(一)で述べた金額を雇人費として認めなかつた本件更正処分および再更正処分は所得税法第五六条の解釈適用を誤つた違法があり、取消さるべきである。
被告等指定代理人は、「(本案前)原告の被告福岡税務署長に対する本件訴を却下する。(本案)原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、原告主張の請求原因第一ないし第五項の各事実は認める。
ただし、本件再更正処分についての被告福岡税務署長に対する原告の異議申立の日は昭和四二年三月四日であり、審査請求に対する裁決書謄本送達の日は不知。
二、(本案前の主張)
原告の被告福岡税務署長に対する本訴は、いずれも不適法である。
(1) 本件更正処分の取消を求める本訴は、不服申立前置の要件を欠き不適法である。
本件更正処分による税額等を減額する本件再更正処分は、これに先立つ本件更正処分の効力を全部失わせて改めて税額の全部について納税義務を確定するものではなく、減額部分についてのみ効力を有するもので、その実質は本件更正処分の一部取消に外ならない。
従つて、両処分は別個独立の行政処分として併存するものであるから、それぞれの処分毎に国税通則法八七条に規定する不服申立の前置を経た後でなければ、それぞれの取消を求める訴を提起することはできない。
しかるに、原告は、本件更正処分に対しては、昭和四一年一〇月二六日被告福岡税務署長に異議申立をなし、昭和四二年一月二五日右異議棄却の決定を受けながら、その後審査請求の手続を経ていない。
(2) 本件再更正処分の取消を求める本訴は、訴の利益を欠き不適法である。
本件再更正処分は、先行する本件更正処分に基き納付すべきものとされる税額のうち、その減少する部分についてのみ効力を有するものであるから、その点において原告に利益な処分であり、その結果原告が減額された税額について納税義務を負うことになるのは、先行の本件更正処分の効力によるものであつて、本件再更正処分の効力によるものではない。従つて原告には訴により本件再更正処分の取消を求める利益はない。
三、原告が本件再更正処分の取消を求める利益を有しないことは前記のとおりであり、従つて被告福岡国税局長が昭和四二年一〇月一七日付で、右の理由により、本件審査請求を権利保護の要件を欠く不適法なものとして却下した裁決には違法はない。
よつて、右裁決の取消を求める原告の請求は失当である。
四、本件課税の内容について、原告の審査請求額及び被告等主張額は別表記載のとおりである。
五、右両者の金額が相違する科目について被告福岡税務署長の算定理由は次のとおりである。
(一) 雇人費
およそ、納税義務者が、その事業について、親族から労働の提供を受けた場合、これに対して支払う正当な対価は、企業会計的思考からすれば、経費性を有することになる。しかるに、法第五六条前段において、「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が、その居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、……」と規定し、その対価を経費として税法上、認めないこととしている。
その理由は、第一に、我国においては、いまだ一般に家族の間に、通常の給与支払の慣行がなく、事業から生ずる所得は、通常、世帯主が支配しているとみるのが実情に即していること。
第二に、給与の支払いという形式にとらわれて、これを一般的に必要経費と認めることとすると、家族間の取りきめによる恣意的な所得の分割を許すことになり税負担のアンバランスをもたらす結果となること。
第三に、我国においては、記帳慣習が、まだ十分に行きわたつておらず、特に、企業と家計との区分がはつきりしていないこと。などによるものである。
これが、さきに引用した法第五六条前段の立法趣旨である。したがつて「居住者と生計を一にする」かどうかを判断するに際しては、右の立法趣旨を十分考慮すべきことは当然である。
原告は、原告の長男菊地義隆および次男菊地正義の両名が原告の営む事業に従事したことの対価として、昭和四〇年中に右両名に支給した金額九九二、〇〇〇円を雇人費(特別経費)として算出所得金額から控除されるべきであるとして異議申立および審査請求をしている。
しかしながら、右両名は原告と生計を一にする親族であるので、右対価に相当する金額は所得税法(昭和四一年法律第三一号による改正前のものをいう。以下同じ。)五六条の規定により所得金額の計算上必要経費に算入されないものであるので、全額否認した。
すなわち、前記両名については、次のような事実が認められたので、これらの事実を総合して前記両名は原告と有無相扶けて日常生活の資を共通にしており、原告と生計を一にする親族であると認めたのである。
(1) 原告は、昭和三九年分までの所得税の申告にあたつては、前記両名に支給した金額を必要経費として控除しておらず、専従者控除をしており、被告は右計算を是認してきたものであるが、昭和四〇年中にこれを変更するのを相当とする事情の変更がないこと。
(2) 前記両名に対し給与を支給したものとすれば、その給与について源泉徴収所得税を徴収し、納付する手続がなされるべきであるが、昭和四〇年中には右手続はなされていないこと。
(3) 前記両名について、昭和四〇年の所得を課税対象とする市民税の納税がなされていないこと。
(4) 原告記載の帳簿には、前記両名に支給した雇人費の記載がなく、賃金台帳の作成記載もなかつたこと。右雇人費の内訳は、原告が再更正決定に対する異議申立の段階ではじめてメモ的な計算書を提出したに過ぎず、他にこれを明確ならしめる証憑は存在せず、しかも、右計算書の計算も甚だ不正確なものであること。
(5) 前記両名は、もつぱら原告経営の事業に従事しており、原告の事業から生ずる収入によつてのみ生計を維持していること。
(6) 前記両名に対する対価の支給基準も不明確であつて、収益を原告と前記両名で適当に配分しているものと認められること。右対価の支払は不定期であり、しかも一回の支払金額が一、〇〇〇円以下の場合が相当あること。したがつて計算方法、支払状況が異状であり、とうてい通常の給与体系とは認められないこと。
(7) 前記両名の住民登録は、原告と同一場所になされていたこと。
(二) 専従者控除
原告は前記のとおりその長男および次男に支給した金額を雇人費として控除されるべきであると申立て、その提出した白色確定申告書に右両名につき専従者控除の規定の適用を受ける旨の記載をしていなかつた。
しかし、前記のとおり右両名は原告と生計を一にする親族であり、かつ、もつぱら原告の営む事業に従事するものであつて「事業専従者」にあたるので、被告は所得税法五七条二項、五項、附則四条の規定により各一名につき一一二、五〇〇円、合計二二五、〇〇〇円を必要経費とみなして控除した。
(三) 地代、家賃
原告は、その事業所々在地福岡市警固本通二丁目一七番地にある工場および家屋を訴外上杉巴旦から賃借し、賃料として、工場につき年間一二、〇〇〇円、家屋につき年間七二、〇〇〇円、合計八四、〇〇〇円を支払つたので、右を全額必要経費として控除されるべきであるとしていた。しかし、調査の結果右家屋の内三分の一の部分は住居として使用し、原告の事業の用に供していないものと認められたので、右家屋の賃料七二、〇〇〇円の三分の一に当る二四、〇〇〇円を否認し、残余の家屋、工場の賃料六〇、〇〇〇円を必要経費として認容した。
(四) その他の事業所得
原告は千代田生命保険相互会社福岡月掛支社から外交員報酬として、昭和四〇年中に金一九〇、七一八円の支払を受けているにもかかわらず、その事業所得に関しては確定申告書に全く記載をしていなかつた。
そこで、被告は右金一九〇、七一八円のうち四四パーセントを通常必要とされる経費と認めて控除し、残額金一〇六、八〇二円を外交員としての事業所得と認定して所得金額に加算した。
(五) 扶養控除
原告は、前述のとおり長男菊地義隆が原告の営む事業に従事したことの対価として、同人に支給した金額を雇人費として控除していたので、同人の妻および長男(浩介昭和三七年生)を原告の扶養親族として扶養控除をしていなかつた。
そこで、被告は右菊地義隆の妻および長男を原告が扶養する親族と認め、所得税法七八条、同法附則四条の規定により、右菊地義隆の妻につき金五七、五〇〇円、同人の長男につき金四七、五〇〇円、合計一〇五、〇〇〇円を原告の総所得金額から扶養控除したのである。
(証拠省略)
理由
一、原告主張の請求原因第一ないし第五項の各事実は、そのうち本件再更正処分に対する原告の異議申立日及び審査請求に対する裁決書謄本送達日を除き、いずれも各当事者間に争いがない。
二、右各事実によれば、被告福岡税務署長が昭和四二年二月七日なした本件再更正処分は、これに先行して昭和四一年九月二六日なされた本件更正処分(及び加算税賦課決定)における所得税法八三条所定の課税総所得金額及びこれに基く所得税額を減少させる再更正(ならびに加算税額を減少させる国税通則法三二条二項の変更決定)の処分であつて、処分の対象たる本件更正処分の全部を取消したうえあらためて残額につき納税額を確定する処分ではなく、本件更正処分(前同)の一部(減額される部分)を取消す効力のみを有する原告に利益な処分であるから、本件再更正及び加算税賦課変更決定の処分に対しその取消を求める原告の審査請求を権利保護の要件を欠く不適法の申立として却下した被告福岡国税局長の本件審査裁決に違法はない。
また、右の理由により、原告は本訴により、本件再更正及び加算税賦課変更決定の処分の取消を求める利益を有しないものというべきである。
三、次に、昭和四一年九月二六日なされた本件更正処分については、原告は、これに対する異議申立を昭和四二年一月二五日棄却されたが、さらに審査請求の手続をとらなかつたことは当事者間に争いがない。
しかし、成立に争いのない甲第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件更正処分に対する審査請求の申立期間内であり右棄却決定のなされて間もない同年二月七日被告福岡税務署長によりなされた本件減額再更正の処分の通知書において、右処分内容に不服あるときは一月以内に同税務署長に対し異議申立ができる旨の誤つた教示記載のなされていた事実、及び印刷業者である原告は、右処分における減額の程度を不満として右教示に従つて右再更正処分に対し異議申立をなし、さらにその棄却決定を受けて審査請求をしたが、そのため、本件更正処分については審査請求をしなかつたことが認められる。
右認定の事実によれば、専門の法律知識を有しない一般人と認められる原告が、本件更正処分について審査の請求を経なかつたことにつき国税通則法八七条一項第四号後段所定の正当な理由があるときに該るものというべきである。
四、しかしながら、本件更正(及び加算税賦課決定)処分の取消を求める本件訴訟については、異議申立に対する棄却決定を経だけで、審査請求の申立をしなかつた本件においては、その出訴期限は、行政事件訴訟法一四条四項、三項により右棄却決定の日である昭和四二年一月二五日から一年後の昭和四三年一月二五日であり、本件訴訟が右期限経過後の同年同月三一日に提起されたものであることは記録上明らかであるところ、すでに右出訴期限より前昭和四二年一〇月末日原告が被告福岡国税局長より前記再更正処分についての審査請求に対する却下の裁決書謄本の送達を受けたことは原告の自認するところであり、かつ右却下裁決においては、右再更正処分は本件更正処分における税額を減少させる処分で原告の権利利益を侵害するものではない旨の理由が付せられ、これにより、原告がさらに税額を過大として争うためには、別途本件更正処分を対象として争訟をなすほかはないことを容易に知り得べき事情を生ずるに至つたのであるから、それより二カ月二五日後の右出訴期限を徒過したことについては原告に同法一四条三項但書所定の正当な理由がある場合とは認め難い。
五、よつて、原告の本件審査裁決の取消を求める本訴請求は失当であり、本件再更正及び加算税賦課変更決定処分の取消を求める本訴請求は権利保護の利益を欠くものであるから、いずれも棄却すべく、本件更正及び加算税賦課決定処分の取消を求める本訴は法定の出訴期限経過後の不適法の訴としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用は敗訴の当事者たる原告にこれを負担せしめるものとして主文のとおり判決する。
(裁判官 安東勝 渡辺惺 蜂谷尚久)
(別表省略)